FIFAワールドカップでドイツを撃破した日本のブンデスリーガ組:堂安律や浅野拓磨ら
ワールドカップ初戦で日本と対戦したドイツは、8人のブンデスリーガ所属選手を擁する相手に屈した。堂安律と浅野拓磨のゴールが、彼らの現在暮らしている国の代表チームを撃破する結果となった。
見逃せない事実がある。2022 FIFAワールドカップでサムライブルーの中心軸を形成していたのは、その多くがブンデスリーガで成長を遂げた選手たちだった。
ドイツでプレーする選手の人数は、母国日本のトップリーグをも上回っていた。Jリーグ所属選手が6人だったのに対し、ブンデスリーガの選手は7人。加えてブンデスリーガ2部所属選手も他に1人いた。
当時シャルケに所属していたキャプテンの吉田麻也や、元シュトゥットガルトの中心選手である遠藤航、アイントラハト・フランクフルトでUEFAヨーロッパリーグ優勝を果たした鎌田大地らはいずれも、日本代表がハンジ・フリックのチームに2-1の逆転勝利を飾ったカタールでのグループE初戦に先発していた。
現在もブンデスリーガでプレーするフライブルクの堂安律、ボーフムの浅野拓磨はともにベンチスタートから交代出場し、後半にゴールを記録。後者の決勝点をアシストしたのも、ボルシア・メンヘングラードバッハの板倉滉だった。2部リーグから招集を受けた田中碧(フォルトゥナ・デュッセルドルフ)は遠藤と並んで中盤で先発し、遠藤の元チームメートであるシュトゥットガルトのDF伊藤洋輝も出場はしなかったがベンチ入りしていた。
大会が進むと、日本は12月1日に行われたグループステージ最終節のスペイン戦でもドイツ戦同様の勝利を再現。アルバロ・モラタのゴールで先制を許しながらも、後半に堂安と田中のゴールで試合をひっくり返し、グループ首位チームとして16強へ進むことになった。
ブンデスリーガと日本サッカーの長年の繋がりを考えれば驚くべきことではないとはいえ、選手数は近年になって大幅に増加してきた。
本からドイツへ渡った初めての選手は、1977年にケルンと契約を交わした奥寺康彦。1983年には尾崎加寿夫も加わった。
大きく状況が変わり始めたのは今世紀に入ってからだ。高原直泰、稲本潤一、香川真司などの選手が先人たちに続いた。
おそらく最も大きな意味を持つことになったのは、2008年の長谷部誠の登場だろう。39歳となった彼はブンデスリーガで377試合の出場を数え、さらに数字を伸ばし続けている。原口元気とともに、ドイツのリーグで長年プレーを続けている日本人選手の一人だ。
ドイツ2年目にヴォルフスブルクでブンデスリーガ王者に輝いた長谷部は、その後フランクフルトでDFBポカールのタイトルも獲得。2022年には同クラブでUEFAヨーロッパリーグのタイトルも手に入れた。
レンジャーズを下したそのヨーロッパリーグ決勝でフランクフルトに勝利をもたらすPKを決めた選手の一人だった鎌田は、ドイツのサッカーが日本代表にもたらした恩恵は大きいと考えている。
「ブンデスリーガでプレーしている日本人選手はたくさんいます。彼ら(ドイツ代表)と条件は同じだと思います」と、現在ラツィオに所属する彼は『AFP』に語っていた。
「日本から初めてブンデスリーガに来ると、バイエルン・ミュンヘンやドイツ代表の選手たちと戦うようになりました。日本でプレーしていた頃には、日本代表の選手は国内に1人や2人しかいませんでした」
「テレビでしか見たことがなかったような選手たちと対戦するのは変な感じでしたが、彼らと同じ舞台に立つことは僕らのメンタル面に大きく影響したと思います」
それだけではない。鎌田にとっては、自分の言葉を裏付けるだけの数字をドイツで残しているという事実も精神面で大きな役割を果たしている。イタリアへ向かう前の時点で、27歳の彼はブンデスリーガでトップレベルのパフォーマンスを見せていた選手の一人だった。ドイツのトップリーグでは127試合で通算20得点29アシストを記録。2022/23シーズンには、ブンデスリーガで直接関与したゴール数が彼より多い選手はほんの数人しかいなかった。
「そういう選手たちとプレーした経験があること、彼らの特徴を知っていることは間違いなくプラスになります」と、鎌田は以前に語っていた。
2022年7月にセリエAのサンプドリアからシャルケへ移籍した吉田は、ブンデスリーガへ移ったことについて、少なくとも部分的にはワールドカップを意識した戦略的計画の一環だったと話している。
「ドイツでプレーするという決断には色々なことが影響しましたが、(ワールドカップでの)対戦相手について学ぶチャンスだということもひとつでした」。代表126キャップを誇る35歳のベテランは、自身3度目のワールドカップに出場する前に『ザ・ジャパン・ニュース』にそう話していた。
「(2022/23シーズンの)ルールダービーでは8万人以上のファンがドルトムントのスタジアムを埋めていました。ゴール裏の“黄色い壁”を見ると、『このためにドイツに来たんだ』と思いました。ドルトムント戦のような厳しい試合では、ひとつのポジション取りのミスが試合を決めるといったようなことを学べます。ドイツで多くのことを学べていると思います」
「ブンデスリーガに移って良かったと思っています。そういうハイプレッシャーの状況にいなければ技術を磨くことはできないので」
ブンデスリーガでプレーする日本の中心選手たちがワールドカップ本大会で日本代表の様々なポジションを務めていたことはチームに好影響を与え、ピッチ全体に経験をもたらしていた。DFには吉田、板倉、伊藤。中盤には鎌田、遠藤、田中。堂安は攻撃的な意識を持ったウイング、そして浅野はFW。
そのすべてが、7度目のワールドカップ本大会を戦う日本代表に自信を与えていた。サムライブルーはカタールでラウンド16進出を果たし、最終的にはクロアチアに敗れて大会を終えた。